2025.12.19
【2025年12月】研究開発費ランキング 医薬品編|平均555億円で10年間に1.5倍成長、TOP3企業の戦略分析
ダウンロードページに、「研究開発費ランキング 医薬品編」を掲載しました。
当社が保有する企業情報データベースeolより、医薬品業界に上場している企業の2014年(2014年9月~2015年8月決算)と2024年(2024年9月~2025年8月決算)における研究開発費データを抽出し、業種ランキング表としてまとめたものです。

研究開発費投資動向 ― 1社平均555億円、他業種比で突出する投資規模
今回分析する医薬品業界の上場企業は、1社あたりの研究開発費用が平均555億円と、他業界の上場企業と比較して高い水準の投資規模を示しています。電気機器(232億円)の2.4倍、化学(82億円)の6.8倍という水準です。医薬品業界の1社あたり平均研究開発費用はこの10年間で、370億円から555億円へと約1.5倍に増加しました。
また、医薬品業界全体の研究開発費合計も、1兆6,294億円から2兆8,327億円へと10年間で約1.7倍に増加しています。この増加は、抗体医薬品・細胞治療・遺伝子治療など次世代医療技術の開発に膨大な投資が必要となったこと、グローバル臨床試験の拡大、規制対応コストの増加などが背景にあると推察されます。
2014年と2024年の研究開発費用データが取得できた連結決算企業のみを算出、期間中の新規上場企業及び上場廃止企業は含んでおりません。
医薬品業界特有の研究開発構造 ― 長期投資が必要な理由
医薬品の研究開発プロセスは、長期にわたり多額の費用を伴い、その期間は10年を超えることもあり、臨床試験は通常5〜7年もしくはそれ以上を費やして実施され、規制当局への新薬承認申請が行われると言われています。また、一般的に、臨床試験の成功確率は約10%程度と極めて低いとされており、複数のパイプライン(開発中の新薬候補)に並行投資する必要があります。
さらに、承認取得後も、効能追加、市販後調査、剤型追加など継続的な研究開発が行われます。特許期間満了後はジェネリック医薬品の参入により売上が急減するため、既存製品の売上が好調な時期に次世代医薬品のパイプラインを構築しておくことが重要と考えられます。
TOP3企業の研究開発戦略分析 ― R&D比率の変化に見る各社の投資姿勢
医薬品業界の研究開発投資をより分析するため、今回の研究開発費が上位3社である武田薬品工業、第一三共、アステラス製薬について、売上高に対する研究開発費の比率(R&D比率)に着目し、10年間の変化を分析しました。
【1位】 武田薬品工業株式会社 研究開発費7,302億円(R&D比率15.9%)
今回の売上高は4兆5,816億円、研究開発費は7,302億円で、R&D比率は15.9%です。10年前は研究開発費3,821億円、R&D比率20.2%でしたが、研究開発費が約1.9倍に増加しました。2019年1月に実施したシャイアー社買収により売上規模が大幅に拡大した結果、R&D比率は15.9%となりましたが、研究開発費の金額では業界トップの投資規模を維持しています。
同社は「革新的なバイオ医薬品」「血漿分画製剤」「ワクチン」の3つの分野において研究開発活動を実施しており、革新的なバイオ医薬品への投資が最も大きい比率を占めています。また、社外パートナーとの提携も研究開発パイプライン強化のための戦略における重要な要素となっています。
【2位】 第一三共株式会社 研究開発費4,360億円(R&D比率23.1%)
今回の売上高は1兆8,863億円、研究開発費は4,360億円で、R&D比率は23.1%です。10年前の研究開発費1,907億円、R&D比率20.7%から、研究開発費が約2.3倍へと上昇し、この10年間で最も変化を遂げた企業となりました。また、売上高の約4分の1を研究開発に投資する極めて積極的な姿勢です。
同社は、5つのDXd ADC(抗体薬物複合体:がん細胞を狙い撃ちする次世代医薬品技術)の製品価値最大化を目指してリソースを集中投入するとともに、持続的成長の実現に向けてSOC(Standard of Care:現在の医学では最善とされ、広く用いられている治療法)を変革する製品群(Next Wave)の創薬を目指す「5DXd ADCs and Next Wave」戦略のもと、グローバル臨床開発の加速化にも注力しています。
【3位】 アステラス製薬株式会社 研究開発費3,277億円(R&D比率17.1%)
今回の売上高は1兆9,123億円、研究開発費は3,277億円で、R&D比率は17.1%です。10年前の研究開発費2,066億円、R&D比率16.3%から、研究開発費が約1.6倍へと増加しました。
同社はFocus Areaアプローチという研究開発戦略の下、多面的な視点で創薬ターゲットを絞り込む新しいアプローチで革新的な製品の創出に取り組んでいます。重点的に研究開発投資を行うPrimary Focusとして「がん免疫」「標的タンパク質分解誘導」「遺伝子治療」「再生と視力の維持・回復」の4つを認定しています。
また、医療用医薬品(Rx)に留まらず、「Rx+事業」として、デジタルヘルスや埋め込み型医療機器など、従来の医薬品の枠を超えた取り組みを進めています。
有価証券報告書における研究開発活動の記載内容
今回の医薬品業界での分析では、1社あたり平均研究開発費用が555億円と高い水準の投資規模を維持し、10年間で1社あたり平均約1.5倍、総額で約1.7倍という成長を遂げていました。数値面だけではなく、有価証券報告書に記載される研究開発活動の記載内容を詳細に分析することで、企業の将来戦略等を多角的に読み解くことができます。
◆視点1 - 事業セグメント別の研究開発投資額の開示状況
事業セグメント別の研究開発投資額の開示状況から、各社が力を入れている事業領域や情報開示に対する姿勢を推察することができます。投資家にとって、事業別の研究開発投資額が明示されている企業は、経営戦略の透明性が高く、リスク評価がしやすいという利点があります。
◆視点2 - 研究開発戦略の記載内容
研究開発戦略の記載内容から、企業の将来の方向性を確認できる場合があります。特定技術への集中投資を明示する企業、複数の重点領域を設定してバランスよく投資する企業など、各社の戦略の違いが把握でき、10年間のR&D比率の推移と併せて分析することで、戦略の一貫性や変化を読み取ることができます。
◆視点3 - 研究開発活動の具体的な内容
研究開発活動の具体的な内容から、同業他社との技術的な差別化ポイントを把握できます。例えば、医薬品業界の場合、抗体薬物複合体(ADC)技術、Focus Areaアプローチ、オープンイノベーション戦略など、各社が独自の技術優位性を確立しようとする取り組みが把握できます。パイプラインの充実度と質、臨床試験の進捗状況なども、将来の収益予測を行う上で欠かせない情報です。
◆視点4 - 従来の事業領域を超えた取り組み
研究開発活動の記載を確認すると、意外な研究を行っている企業を発見することもあります。例えば、アステラス製薬の有価証券報告書には、米国での心不全管理デジタルヘルスDIGITIVAの初期販売開始や、体内埋め込み型医療機器の開発など、従来の医薬品の枠を超えた取り組みが記載されています。また、武田薬品工業の有価証券報告書には、東北大学創薬戦略推進機構との臨床試験ネットワーク構築など、学術分野との協業による研究開発力強化の取り組みが読み取れます。
研究開発費分析を活かすために
◆投資家向けの視点
R&D比率の推移から経営の研究開発に対する姿勢と一貫性を確認し、パイプラインの充実度と臨床試験の進捗状況から将来の収益予測を行い、技術的優位性と差別化戦略から競争優位性の持続可能性を評価することが重要です。特に、医薬品業界については、研究開発投資の回収には長期間を要するため、研究開発費の単なる金額の大小だけでなく、10年後、20年後を見据えた長期的で多面的な視点での投資判断が求められます。
◆就職活動中の理系学生向けの視点
各社の研究開発費やR&D比率、注力領域、そして10年間の推移を比較することで、自身のキャリアビジョンに合致する企業を見極める材料となります。自分が取り組みたい研究テーマや技術領域に積極的に投資している企業、研究開発戦略が明確で一貫性のある企業を選定することで、長期的なキャリア形成につながることが期待されます。有価証券報告書の研究開発活動の記載を丁寧に読み解くことで、企業の真の研究開発力と将来性を見極めることができるでしょう。
企業情報データベースeolで実現する効率的な企業分析
本記事の分析に使用した医薬品業の研究開発費データの一部を当社ウェブサイトからダウンロードいただけます。このデータには、「医薬品業の研究開発費TOP30」が含まれており、企業分析や業界動向の把握にお役立ていただけます。
今回の分析では有価証券報告書の記載内容から企業を読み解く重要性をご紹介しましたが、実際に各社の有価証券報告書から必要な情報を探し出すことは容易ではありません。
当社が提供する企業情報データベースeolでは、複数企業の研究開発に関する記載内容を一覧で確認できるほか、「ワクチン」「ADC技術」といった、気になるキーワードで検索し、該当箇所を瞬時に表示できる検索機能などを用意しています。さらに、研究開発費やR&D比率などのデータと組み合わせた多角的な分析も可能です。本記事以外のデータが必要な場合や、就職活動での活用にご興味がございましたら、お問い合わせフォームより、お気軽にお問い合わせください。
本記事は、企業情報データベースeolに収録されているデータに基づく情報提供を目的としたものであり、特定の有価証券等の取引を推奨し、または勧誘するものではありません。投資判断は、必ずご自身の責任において行っていただくようお願いいたします。また、本記事に記載されている情報は、その正確性、完全性を保証するものではなく、投資の結果について当社は一切の責任を負いません。
本記事で使用しているデータは当社独自の基準で算出しており、各企業が決算資料等で開示している値と異なる場合があります。